見慣れた漢字をじぃ~っと見ていると感じる違和感。
文字、図形、顔などの「まとまり」のある対象を長時間凝視し続けることで、その全体的な認識が低下し、構成要素(バラバラの線やパーツ)としてしか認識できなくなる心理的な知覚現象。
脳の疲労や一時的な機能不全により引き起こされる。
「どうも字と云うものは不思議だよ」と始めて細君の顔を見た。
「なぜ」
「なぜって、いくら容易(やさしい)字でも、こりゃ変だと思って疑ぐり出すと分らなくなる。この間も今日(こんにち)の今(こん)の字で大変迷った。紙の上へちゃんと書いて見て、じっと眺めていると、何だか違ったような気がする。しまいには見れば見るほど今(こん)らしくなくなって来る。――御前(おまい)そんな事を経験した事はないかい」
「まさか」
「おれだけかな」と宗助は頭へ手を当てた。
「あなたどうかしていらっしゃるのよ」
「やっぱり神経衰弱のせいかも知れない」
「そうよ」と細君は夫の顔を見た。夫はようやく立ち上った。