当時のゴムは温度の影響を受けやすく扱いづらいという問題がありました。様々な人が研究する中、1839年、米国のチャールズ・グッドイヤーが、そういった問題を硫黄によって解決できることを発見します。
日々の研究で疲れ果てていたグッドイヤーは、ゴム靴の実験中にふと寝てしまいます。その時に薬品が偶然こぼれ、これがストーブで加熱されたことでゴム靴の弾性が増大したのです。翌朝目覚めた彼はさぞ驚いたことでしょう。世紀の大発見でした。硫黄によって硬くなり弾性をもつ加硫ゴムが発見され、さらに電気絶縁性や耐久性などの特性を持つことがわかり、工業用材料としてゴムの価値は上がっていきます。 また、1888年にはアイルランドのジョン・ボイド・ダンロップが空気入りタイヤを考案。それが三輪車に使用されて以降、ガソリン自動車の発明と共にゴムの研究も進んでいきます。
1770年代、マッキントッシュによるゴム引布の成功で、ゴム工業はイギリスを中心に発展しました。しかし、この頃(ころ)のゴムは、当初、夏は暑さでベトベトで、冬は寒さでカチカチといった具合で、温度の影響を受け易(やす)いという問題点がありました。これを改善するため人々により多種の研究がなされてきました。
1839年、アメリカのグッドイヤーが、硫黄による天然ゴムの架橋を発見しました。 研究室で寝てしまった彼のゴム靴に実験中に使っていた薬品がこぼれ、これがストーブで加熱され、翌朝目覚めた彼はゴム靴の弾性が増大している事に気付き発見しました。この発見には、幾つか諸説あるようで、泊まっていたホテルで、硫黄を混ぜたゴムの切れ端をストーブの上に何げなく置き、しばらくして見てみると、熱によりベタベタになっているはずのゴムが革状になり、弾性力を持っている事に気付き発見したというエピソードも残っているようです。
いずれにしても、偶然により、硫黄によって硬くなり弾性を有する加硫ゴムは発見されました。
彼は借金を返す事が出来ず、債権者に訴えられ何度も刑務所に入れられた。
その他にも、実験を繰り返すうちに、有毒なガスを発生させてしまい死にかけたことも…。
借金を背負い刑務所に入れられても、実験中に死にかけても、チャールズ・グッドイヤーは「ゴム」に賭けていた。
1939年のある日、研究中のグッドイヤーは硫黄を混ぜた天然ゴムを誤ってストーブの上に落とした。それが世紀の大発見に繋がる。
ストーブの上の天然ゴムは解けること無く、表面は黒く革のように焼き焦げた。
それを触ってみると、「力を加えても元に戻る」理想的な弾性。更に、気温の影響を受けないという夢のような素材だった。
グッドイヤーは硫黄を混ぜ加熱するとゴムの耐熱性が上がるという、世紀の大発見をするのだ。
世紀の大発見をしたグッドイヤーでしたが、硫黄がゴムの性質を変える事は分かったものの、まだ完全には理解していなかった。
その為、製品化に手こずっていた。
健康状態が良く無い中、実験を繰り返した。その後、華氏270度を維持し4-6時間蒸気で圧力をかけた場合に一定の結果が得られる事を発見。
その結果をもとに特許を申請(時期不明)し、出資を求める為に様々な会社に製法・成分を明らかにせずサンプルを送った。
そのゴムのサンプルを、ゴムの改良に苦心していたトーマス・ハンコックが手に入れる。
ハンコックが率いる研究チームは、ゴムの分析を開始。
表面に硫黄分が付着している事に気づいた。
その後、硫黄などの添加剤や加熱温度など、ゴムが素材として安定する仕組みを解明。
製法を確立したハンコックは、イギリスで特許を申請した。グッドイヤーがイギリスで特許申請を行う数週間前のことだった。
ハンコックは、1843年11月21日に特許を取得。グッドイヤーがアメリカで特許を取得した8ヶ月前(1844年6月15日)の事だった。
この画期的な発見は、特許侵害が頻発。グッドイヤーは、訴訟で対抗し、32件もの裁判を連邦最高裁判所まで戦う事となる。
また、イギリスでもグッドイヤーがハンコックを訴え、10年間に渡る裁判を行うが、敗訴に終わる。
数多くの裁判を行い、裁判費用で莫大な借金を抱えたグッドイヤーは1860年に死去。
その徹底抗戦の構えが功を奏してか。家族はアメリカの特許収入で安定した生活を送る事が出来た。
また、グッドイヤーの発明への熱い想いは、息子のチャールズ・グッドイヤー二世が生み出した「グッドイヤー・ウェルト製法」に繋がる。