~『脳と心』平井富雄~
LSD25は、スイスの製薬会社「サンド社」(Sandoz)の研究所において、麦角アルカロイド製剤(子宮収縮作用と中枢興奮作用を有するもの)開発の過程で、アルバート・ホフマン博士により、1938年に見いだされた第25番目の「LSD(麦角アルカロイド)」である。そしてLSD25の純粋結晶の抽出に成功したのが、1943年だった。ホフマンは、当日の印象を、同年4月22日の報告書に次のように記している。
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「先週の金曜日。1943年4月。正午に研究を終了。軽い目まいとともに、妙に落ち着かない気持ちにおちいって早退した。帰宅後、ベットに横になったが、気持のほうは、酒に酔ったようで、しかも、より明瞭な快適な感じで、やたらにアイディアが想起されてきた。光がやけにまぶしく感じられるので目を閉じると、流動し、しかも鮮明で、色のついたカレイドスコープ様の幻想がとめようもなく、どんどん脳裡に浮かんできた。この状態が約2時間つづいたのち、しだいに消失してしまった」
LSD25の結晶するときの揮発物質を吸入した結果である。しかも、それは不快ではなく、幻想をとめどなく湧出させ、約2時間ののち完全に回復する奇妙な体験だった。
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ホフマンの研究室のグループのチーフが、バーゼル大学精神科のW・ストール教授だった。彼の許可を得て、ホフマンはあえてLSD25の自己実験をその翌々日におこなっている。
「・・・・・・午後4時20分。LSD25 0.25ミリグラム服用。同5時。目まい、注意集中困難、視覚性幻覚発現。笑いたくなるのを懸命にこらえる・・・・・・」
ホフマンは服用時点で、前回と同様の体験がいちじるしくなったのをのちに記している。「前回のときよりしかも強いのだった。鏡は歪んで見え、錯覚がやたらに見えた。意識は明瞭だが、体を動かすことは不可能だった」と。
これが、LSD25の幻覚惹起物質としての特異性を裏づけた。ストール教授はホフマンの自己実験の報告をうけ、正常人について、系統的かつ組織的な研究を開始した(1947年)。
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ごく微量(数マイクログラム)を服用すると、まず色あざやかな幻覚が生じる。次に火花、光柱、暗い雲、眩しい太陽などの形象が見えてくる。これらはかなり共通の現象であるが、過去に体験したこと、たとえば芸術家では彫刻、化学者では構造式など、個人特有のものもある。
実験をくりかえしても、同一人物なら、このような体験はいつもおなじ。つまり「再現性」が明らかである。このときの幻覚は、意識があるとき現れるから、服用した人はかならず覚えている。服用して、大量では錯乱状態におちいるが、それでもあとで追想することができる。多くの被験者には、何かをしたい欲求とともに、気持ちがよくなり、笑ったり、はねたりする者と、瞑想に入る者とがある。LSD25の数マイクログラムの服用で、すべての被験者が約2~3時間で回復し、疲労感は残すが、翌日の生活には影響がない。
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日本の精神医学会でLSD25が手に入ったのは、1953年。かなり遅れた。当時、東京大学の精神科で、若い医師仲間が、服用する側、観察する側に分けて、同じ実験をおこなったが、その結果はストール教授のそれとほとんど変わらなかった。
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その後、これがアメリカのヒッピー族を中心とする若者に愛用され、その習慣性と身体(おもに自律神経機能)への悪影響が知られるにおよび、日本では麻薬に準じた法的規制下におかれた。そして現在、科学実験用にもまったく使えないアセスメントをうけてしまった。