BMI (Brain Machine Interface)

『脳の科学史』小川英明

 人間ができる出力は筋肉を動かすことで、それ以外の出力は出来ません。
筋肉からの出力ができなくなるのが、ALS、筋萎縮性側索硬化症という症状です。つまり神経の伝達が悪くなって筋肉が硬化してしまうのです。

 この ALS の人たちのための装置、ブレーン・マシーン・インターフェース(BMI)を開発しました。脳から直接アウトプットを出して、イエス・ノーが判るようにするのです。

 以前、2年半の間、完全な植物状態に入っている患者さんのお宅に、光トポグラフィを持ち込んで、意識があるかどうかの確認をしたことがありました。

 この患者さんは、30代後半の女性です。旦那さんが40歳ちょっとくらい。エンジニアの旦那さんは、仕事をやめて献身的に介護をなさっていました。
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全身が動かなくなって2年半が経過し、医師も脳が萎縮しているので、意識はないのではないかと言っていました。

 意識があるかの確認にどういうことをしたかというと、声も体も一切動かないので、聴覚に頼りました。聴覚は、筋肉をほとんど使っていないのです。耳の鼓膜のところに耳小骨という、鼓膜からうずまき管のところへ繋がっていく、音を伝達する骨があります。その周りにすごく小さな筋肉がありますが、それも動かなくなっていて、音ももしかしたら聞こえないかもしれない心配がありました。しかし、耳小骨付近の小さな筋肉は、大きな音が入ったときのダンパーであることがわかり、問題は解決しました。

 実験を始め、患者さんの耳元でお話をし、実際に脳の反応を見て、五つくらいの機能をチェックしました。最初に行ったチェックは運動機能で、頭の中で右手を開いたり閉じたり、これをできるだけ速くやることを想像してください、と声をかけました。そうしたら、左の運動前野が活性化したのです。やめてくださいと言うと活性化が止まるのです。それで意識があると初めてわかりました。

 ワーキングメモリーも調べました。山手線の名前を順番に東京駅から言ってくださいと頼むと、思い出すのでワーキングメモリーが動く。しりとりをしてもらうと、考えて思い出さないといけないので、46野にあるワーキングメモリーが活性化します。これも計測できて、やめてください、と言うと活性化が止まります。

 ブローカ野とヴェルニッケ野も計測しました。喋ってくださいと言っている間は、ブローカ野だけ、左半球が活性化して、やめてくださいと言うと、活性化が止まる。ヴェルニッケ野はこちらが話しているのを聞いているときだけ、動く。話を止めると止まる。ちょうど部屋にピアノがあったので、ピアノを弾くと、右半球のほうが強く活性化しました。音楽もよく理解していることに驚きました。これだけテストしたので、完全に脳は動いているとわかりました。これは ALS の専門家たちにもわからなかったのです。

 本当にびっくりしましたが、帰りがけに玄関を出ようとしたら、旦那さんが、「ちょっと家内をみてやってください」と言うので、戻って奥さんの部屋に入ると、寝ている奥さんの頬が紅潮していました。「何年もこんな家内を見たことはない。よほど感激したのだろう。」と言っていました。自分に意識があることを、それまで2年半も誰もわかってくれなかった、伝えようがなかった。意識があってわかっていることをやっと気づいてもらえた。それで感激されたのです。本当に頬がぽっと紅潮して。私もそのときはっと思いました。自律神経は、筋肉とは関係がないのだと、初めて気づきました。

 2年半も完全な植物状態で、脳死と同じ状態なので、人工呼吸器は外してもよいのではないかという意見もありました。それがとんでもなかったわけです。

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 先述した ALS の奥さんと初めてコミュニケーションができるとわかったとき、旦那さんが何を聞かれるかと心配しました。奥さんが「こんな状況で生きているのはいやだ」、と言ったらどうしようと不安だったのですが、最初に聞いたのが、「今年のベイスターズの状況が気になりますか。それをイエス・ノーで答えてください」。そうしたら、「イエス」と、これが最初のコミュニケーションだったので、すごくよかった。